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「昨夜はごめんね。高校の試合勝ったじゃん。あれから吉永たちと盛りあがって、近くにスポーツバーがあるっていうから飲みに行ってさ。そこで観戦してた人たちと仲良くなっちゃって。これからもうちの高校応援してくれるっていうから、つい俺がおごるっていっちゃって」
隼人は楽しげに日曜日のことを語った。やはり母校の勝利に興奮して、待っている千里のことなど忘れていたようだ。無邪気な笑顔を見ていると、怒る気持ちも萎えていった。
「だから、今月もうお金なくってさ。でも、職場の飲み会は営業にとって仕事のうちじゃん?」
「もう、勝手なんだから。しょうがないなあ」
千里はポーチから財布を出した。
眉をさげて恥ずかしそうに笑う隼人は、子犬のように可愛かった。千里は自分の財布から一万円札を二枚引き抜く。
この瞬間が、千里は自分こそが隼人の彼女なのだと一番自覚するときだった。携帯にメッセージを送るときよりも、せまいキッチンで料理をしているときよりも、ずっと濃厚に自分が女だと自覚した。理解のある年上の女を気取っても、本当は愚かで弱い、情けない女なのだと。
「あ、こんなにいらないよ」
隼人が目を丸くする。
「タクシー代もいるんでしょ? 誰かが酔いつぶれたら、隼人はどうせほっとけないんだから」
「すごい、千里さん俺のことわかってる」
嬉しげにいう。
隼人は職場では誰にでもいい顔をする。とくに同性には、世話好きの人のいい奴でとおっている。だから、つきあっている千里はよく同僚からうらやましがられたものだ。
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