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「あれ?」
「『キューティー*ウィッチ』の変身のポーズ」
それは当時流行っていた女児向けアニメで、ヒロインが変身するときに決め台詞と一緒にお決まりのポーズをとるのだ。千里は一人でテレビを見ているとき、こっそりと一緒に踊っていた。それは父にも母にも内緒のはずだったのに。
『ラブパワーチャージ! 愛の力で世界を救う! アブソリュート*キューティー!』
一回転して、両手を胸の前で組み合わせる。小さな女の子がやれば、誰でも可愛い仕草だろう。
しかし、それを今、この凍るような沈黙の作業のさなかにやれというのだろうか。
千里は信じられない気持ちで母親を見上げた。
やったとしたら、なにかが変わるのだろうか。愛の力で世界は救われるのだろうか。
幼い千里は動けなかった。ただじっと母親の手を握ったまま。仁王立ちで虚空をにらみつけたまま、父が去っていくのを目で追っていた。
離婚の直接の原因は、千里が中学生になったときに母がうちあけてくれた。
「お父さん、浮気相手を妊娠させちゃってね。相手が産むってきかなかったのよ。生まれてくる赤ん坊に罪はないしねえ。認知するのはしかたないって感じだったんだけど」
浮気相手の女性は、取引先の社員と不倫をしたことが社内で公になり、自主退職に追い込まれていた。
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