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「私には千里とふたりでやっていけるだけの収入があるけど、相手は大きなお腹抱えて退社、赤ちゃん産まれても収入もないしお先真っ暗、みたいな感じでしょ。そうなったら男は弱いほうをとるのよね」
千里は思いきって母に尋ねた。
「パパが出て行った日、ママ私に突然『キューティー*ウィッチ』の変身ポーズしてって、むちゃぶりしたでしょ。あのときママがなにいってるのか、一瞬わからなかったよ」
ああ、あれね、と母は笑いだし、老眼鏡の入った眼鏡を外して目元をぬぐった。
「本当はくやしかったのよねえ。ママがもし仕事ができないか弱い女だったら、千里からパパを奪われずにすんだかなって思って。『あなたに捨てられたらもう生きていけない。千里と一緒に死んじゃうから!』くらいのこといって、泣いてすがりつけばよかったのかもしれないけど。あのときは、どうしても納得できなかった。なんでなんの落ち度もない私が、あの男に媚びなきゃなんないのよ。そう思うとはらわたが煮えくりかえって、あの人をひきとめられなかった。なのにどうしてかな。あのとき、これが最後のチャンスなんだ、って思ったら急にたまらなくなって。つい、ちっちゃい千里をけしかけたのよね」
「それで私を踊らせようって?」
「だって、千里の変身ポーズすごく可愛かったから。パパも、あれ見たら目が覚めるんじゃないかと思って」
母は本当は、父を自分のもとにひきとめたかったのだ。曲げた人差し指の背で目頭をおさえながら、母はくすくす笑っている。
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