思い出

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晩秋の風は冷たい。ついこの間まで夏だったはずなのに。なんだか3日前くらいに妻と息子と3人で江ノ島へ泳ぎに出かけたような気がする。息子とカブトムシを捕まえに、長崎にある実家の、裏の山へ入ったことも、まだ鮮明に覚えている。 猫が、解体されたダンボールの中で横になっている。冬になると猫はコタツで丸くなると言うが、秋にはダンボールで丸くなるらしい。その脇で、カラスが他に何もすることがないのか、ゴミ袋をつつくだけつついて中の食べ物を取ろうとしていない。小さな公園に申し訳なさそうに佇む裸の木々は、寒さを紛らわすためか、細かく揺れている。こんな寒たげな景色の中、夕日だけは妙に暖かくて、そのおかげで、まだスーツの上にコートを着なくても寒くはない。 私たちが住んでいるマンションは、風俗街で有名な錦糸町駅と、相撲で有名な両国駅の、ちょうど間あたりにある。どちらの駅からも国道に沿って歩けば10分くらいで着く。いつもは会社が終わり、電車に揺られ両国駅で降りると、国道を歩いて、まっすぐ妻と息子が待つ家へ向かうのだが、今日は息子はサッカークラブの合宿、妻はバイトの欠員が出て遅くまで仕事。1人家に帰ってテレビ見ながら晩飯食うのもなんだか寂しくて、いつもは通らない路地裏をぶらぶら散歩してみることにしたのだ。 ボールみたいに丸くなる猫に、ムッとした顔のカラス。服を着せてあげたいと思うほど寒そうな木々に、それらを包み込む、母親のような夕日。久々の散歩は新鮮だ。新しい、純粋な、女の子のような感性じみたものををなんだか手に入れたような気がした。今ならこれまで犯したどんな罪だって自白できそうな気がした。 だから公園のベンチでタバコを吸いながら、煙の向こうに見える、健気な、1輪の、時期に見合わない、小さな梅の花を見つけてしまった時は、私が小学生だった頃の、思い出したくなかった思い出が呼び起こされて、思わずえんえん泣いてしまった。思い出したくもない思い出は、ふとした時に、思いもよらないところから、やってくるものだと、私はこの時気付いた。
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