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赤ん坊は泣き止まない。
うわん、うわん、泣き声が頭蓋に反響し、頭の芯がくらくらとしてくる。こんな目に遭う覚えがまったくない。大学生の身で子供はいない。断言できる。女遊びなんてしたことがないのだから。身の回りに赤ん坊と縁のある人物もいないはずだ。
赤ん坊は泣き止まない。
いっそ電話に出ればいいのだろうか? そうすればきっと、この泣き叫ぶ着信音は止まるだろう。
しかし、電話に出るということは、相手とつながるということだ。
それは、怖い。
ひどく、怖い。
一笑に付していた話が脳裏をよぎる。今、このスマートフォンはいったい、何を受信しているのか。
おぎゃあ。
あっ。
ふいに、声が途切れた。
終わったのか。恐る恐る息を吐く。
『もしもし』
流暢な言葉が聞こえて、全身が凍った。
なぜ。電話はとっていないのに。スピーカーに切り替わったかのように、ざらついた沈黙が数秒間。身体中の筋肉が強張って動けず、聴覚だけが鋭敏だった。
『生まれたの。あなたにそっくり』
ぶつ、と切れる音。
もう、聴こえるのは、張り裂けんばかりの自分の鼓動だけだ。不可解なできごとは、今度こそ終わったようだった。
凍りついたまま呼吸すら忘れていたらしい。冷や汗で全身を濡らして、涙目になっていた。
ベッドの上、身を縮めて背中を丸めた姿勢は、図らずしも赤ん坊そっくりで。
そう思い至ってしまったから、もう、朝まで眠れなかった。
了
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