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澤本は「これはお気遣い、ありがとうございます」と恭しく受け取りカウンターの上で風呂敷を解き重箱を確認すると平井に尋ねた。 「料理長、こちらは御料理で御座いますか?」 「いや、違う、開けてみい」 「はい」 すると重箱の一段目、二段目共に塩が敷き詰められており唖然とする澤本。 「料理長、こちらのお塩は・・・」 「これは特別な塩や。もう手に入れる事が出来たのが奇跡と言っても過言ではない逸品や!」 すると澤本は頭を深々と下げ礼を表した。 「料理長、ありがとうございます。是非、御料理の方に使用させて頂きます」 すると平井が焦ってそれを否定した。 「ならん、この塩を料理に使うては絶対にならん!これは盛り塩専門の塩や。そう、さっき店先を見たら盛り塩をしておらんかった。盛り塩は厄除けには欠かせん、それを店先に置かへんとはどう言う訳や。料理人足る者、隅々にまで気を配らなあかん、そうやろ?」 澤本は赤面し謝罪した。 「料理長の仰る通りです。つい盛り塩を疎かにしておりました。そこまで気が付かれるとは流石、料理長です。早速今日の営業からこのお塩を盛り塩として使わせて頂きます」 「あぁ、そうしたらええ。これはホンマに神聖な塩やから、ピリッと店先を引き締めてくれるわ」 「はい、ありがとうございます」 そして、用を済ませると平井は割烹澤本を去り、自身の職場へと向かうのであった。                                     ◆ それから数週間程した時の事であった。 板場で副料理長の枝野がニヤニヤした顔付で平井に語り掛けて来た。 「料理長、割烹澤本が理由は分からないんですが、どうも閑古鳥が鳴きお客さんが入らないそうです・・・」 平井は思わず喜悦の表情を漏らしそうになったが、その気持ちをグッと抑え殊勝な表情で答えた。 「そうか、澤本も大変やなあ。まぁ、料理の味が落ちたんかも知れへんなぁ・・・」 ここまでは平井の思惑通りであった。 原因は盛り塩、やはり、(くだん)の塩で盛られた盛り塩は伊達では無かったのだ。
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