1. 記憶はどこに宿るのか

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 いつの間にやら、キッチンに長い影が落ちている。ああ、もうこんな時間だ。  今夜の献立を考えるのが、今日は少しだけ面倒臭い。  ひとまず、米だけは研いで水に浸した。  さて、夕食の支度をするにしても、うちには何があるんだったか。  冷蔵庫の扉を開けてみる。すかすかの冷蔵庫の中に入っていたのは、昨日の特売で買った鶏もも肉。それにしめじ。冷蔵庫脇の野菜カゴには長ネギが刺さっていた。思いのほか、食材がない。はてさて。これはどうしたものか。  それにしても、今日はどうして料理をすることがこんなに億劫なのだろう。レシピ本を開いてみても、どうにもピンと来るものがない。そもそも、食材だってこれしかないのだ。作れるものにも限りがある。かといって、わざわざ買い出しに行ってまで食べたいものがあるわけでもない。  ああ。参ったな。  どうして今日は、こんなにも食への関心が沸かないのだろう。  調理台で開いたレシピ本が、オレンジ色の光に染められている。  ……タン。  きつく締めたはずの蛇口から水が零れ、シンクに当たって音を立てた。  仕方がない。今日はもう、あるものだけで適当に作ろう。あの頃の手癖はもう残っていないはず。勘だけで作っても、きっと大丈夫。
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