2. 台座

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明らかに兄の様子がおかしくなった。また全身の震えが始まり、今度は体にピタリと寄せていた2枚の翼が、だらりとぶら下がった。恐怖の感情なのだろうか。口が大きく開いて、普段は見えない舌があらわになった。 「…!!」 叫びに似た鳴き声が、台座から鳴り響いた。それは兄が発した恐怖の悲鳴だった。あの恐れを知らない長兄が、心から怯えていた。その声に含まれる恐怖の成分を感じとって、自分も肌が泡立つような不気味な感覚を覚えた。 兄の体が上下に揺れていた。彼の足が――意志を超えた者がそうさせているかのごとく――1歩また1歩と、体を後退させていく。彼の目は何も見ていない。眼窩にはまっているのはもはやガラス玉同然で、ただ彼の前にいる老鳥と青い空を反射していた。 姉も自分も、そして両親も、ひと声も出さなかった。 兄は亡霊のようにユラユラと、後退し続けた。しかし道は有限だった。硬い岩を踏みしめていた彼の爪は、ついに虚しく空をつかんだ。 頭から逆さまになって、兄は落ちた。彼の姿は衝突の音もなく、黒岩と白波の間に消えていった。
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