4. 最後の日

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「ここに来るのすら、気持ち的に無理かと思ったんですよ? 卵から観察してた可愛い子達が2羽とも、あんなに簡単に命を落としちゃったんですから…人間で言ったら、成人してこれから人生が始まる瞬間じゃないですか! 可能性とか希望とかに満ちあふれている、まさにその時ですよね? なのに、一瞬で何もかも失われてしまうなんて、こんなショックはありませんよ… おかげで食欲もわきません。せっかく街まで行って手に入れた、パティスリー・タタンのロールケーキ、冷蔵庫に入れたまんまです。早く立ち直らないと、賞味期限が切れちゃいそうです」 「そうかなあ。生まれて卵のまま死ぬのと、年老いて天に召されて亡くなるのに、生物学的には何も違いは無いように思えるが」 教授はちょうど、雛鳥が崖の上にたたずむ様子を写した画像を眺めていた。 絶壁の上から観察していても、巣立ちの場所はせり出す岩に阻まれて、ほとんど見えなかった。それでも雛鳥たちが無惨に落ちていく様子は、克明に記録されていた。 教授が連写で撮った画像を一気に流し見ている為、落ちていく様子は、本のページ端に鉛筆で書いたあの遊びの絵のように、動いて見えた。 「もう、それ(・・)何度も見せないでくださいよ」 「人生がこれから始まるって、言ったよね。けどそれは人間の勝手な価値観じゃないのかな。長く生きた者が幸せなのかい? 彼らがどう思っているかは、分かりっこないんだ。だから誰にも命の価値なんて測れないものなのさ」 教授がぱっと、望遠鏡の方に体の向きを変え、デジタルスコープの接眼レンズを覗き込んだ。 「それはそうですけど…」     
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