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躊躇した敵を挑発しながら、扉の奥に意識を向ける。謁見の間で大きな物音はしない。それが唯一の救いであり、ウィリアムの精神を支える柱だった。
まだ……エリヤは無事だ。
飛び掛ってきた男を右手の剣で叩き潰す。振り下ろした剣を左手に持ち替え、ウィリアムは返り血に濡れた頬を拭った。
「早くしろ、陛下をお待たせするのは気が引ける」
普段の貴族然とした優雅な仕草も言葉遣いもない。ここにいるのは血を浴びて笑う死神と呼ばれる、一人の男だった。騎士の誇りも必要ない。型も無視して左手で敵を屠る。
返り血だけでなく、敵の内臓や叩きつぶした脳漿が飛んできた。ぬるぬる滑る手をローブで拭う。
黒いローブを纏うのは、シュミレ国でウィリアム一人だ。これは地位を示すためでなく、他国で死神の二つ名をもつ男が、返り血を拭った際に目立たないからと選んだ色だった。
「死ね!」
「聞き飽きた」
敵の叫びを淡々と切り刻む。同時に敵の身体も無残に刻まれていった。腕を落とし、足を貫き、頭を叩き割る。残酷や凄惨という言葉が薄れるほど、ひどい戦場だった。
日常生活は右手でこなすウィリアムだが、本来の利き手は左だ。
騎士は右利きに修正されるため、ほとんどが右手に剣を持つ。左利きとの戦いに慣れていない騎士は、次々と倒れていく。気付けば、残っているのは近衛兵のみだった。
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