5-10.死神が支配する赤

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 躊躇した敵を挑発しながら、扉の奥に意識を向ける。謁見の間で大きな物音はしない。それが唯一の救いであり、ウィリアムの精神を支える柱だった。  まだ……エリヤは無事だ。  飛び掛ってきた男を右手の剣で叩き潰す。振り下ろした剣を左手に持ち替え、ウィリアムは返り血に濡れた頬を拭った。 「早くしろ、陛下をお待たせするのは気が引ける」  普段の貴族然とした優雅な仕草も言葉遣いもない。ここにいるのは血を浴びて笑う死神と呼ばれる、一人の男だった。騎士の誇りも必要ない。型も無視して左手で敵を屠る。  返り血だけでなく、敵の内臓や叩きつぶした脳漿が飛んできた。ぬるぬる滑る手をローブで拭う。  黒いローブを纏うのは、シュミレ国でウィリアム一人だ。これは地位を示すためでなく、他国で死神の二つ名をもつ男が、返り血を拭った際に目立たないからと選んだ色だった。 「死ね!」 「聞き飽きた」  敵の叫びを淡々と切り刻む。同時に敵の身体も無残に刻まれていった。腕を落とし、足を貫き、頭を叩き割る。残酷や凄惨という言葉が薄れるほど、ひどい戦場だった。  日常生活は右手でこなすウィリアムだが、本来の利き手は左だ。  騎士は右利きに修正されるため、ほとんどが右手に剣を持つ。左利きとの戦いに慣れていない騎士は、次々と倒れていく。気付けば、残っているのは近衛兵のみだった。     
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