5-13.失う恐怖は傷より深く

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 エイデンが手を止める。溜め息をついた彼の言葉の後半は、オズボーンの使者を装った賊に襲われた治療のあとで、ウィリアムが無茶をした出来事を揶揄っていた。腹に突き刺さった剣を勝手に抜いて傷口を広げたあげく、治療前に少年王エリヤを抱き上げて盛大に出血し、国王の寝室で手術をするはめに陥ったのだ。エイデンが嫌味のひとつも口にするのは当然だった。 「……助かった」  吐き出した布を噛み締めた口は血の味がする。どうやら強く噛みすぎて多少切れたらしい。ぺろりと乾いた唇を湿らせて、必死に手を握るエリヤの頬に手を滑らせた。顔を上げる彼の目に涙は浮かんでいない。泣きたくても泣けない子供を引き寄せ、背中をぽんぽんと叩いた。 「大丈夫だ。残して死んだりしないから」 「…わかっている」  信じているし、彼が強いのも理解していた。それでも不安は常に付き纏う。ケガをするたび、血を流すたび、自分が国王だという原因を思い出して苦しくなるのだ。 「城内の様子を報告せよ」  背を向けて警戒にあたる騎士を呼び寄せて尋ねるウィリアムは、青ざめた顔色ながらはきはきした口調で報告を求める。敬礼した兵からの報告を頭の中で整理して、新たな指示を出した。 「ならば、敵を奥へ誘い込め」
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