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いらっしゃい
「あなた!いつまで寝てるの!」
妻の初子に叩き起こされた吉郎はのそのそと起き上がり、あくびをしながら居間の座布団に腰をおろした。
初子は吉郎に背を向ける形で隅の鏡台の前に座り、化粧を始める。
「もうすぐお客さん来ちゃうわよ、もう、時間ないじゃない……」
初子がブツブツと文句を言いながら化粧水を念入りに顔に叩き込む。
――それなら先に顔を仕上げときゃいいのに。
吉郎は初子の小言をかき消すためにテレビのスイッチを押した。
『それでは次の方!お名前をどうぞ!』
テレビからやかましい司会者の声が響き渡った。
初子はムッとした顔で荒々しくパンパンとパフをはたき、顔に粉を塗る。
『夫の孝雄です』
『妻のキヌです』
「へー、この嫁さん随分べっぴんさんだなぁ」
吉郎が口にするや否や「化粧の濃い嫁で悪うござんしたね!」と初子は声を荒らげた。
勿論吉郎はそんなつもりで言ったわけではないのだが、機嫌の悪い初子には何を言っても無駄なのである。火に油を注ぐ真似は避けるべく、吉郎は言い返したい気持ちを堪え黙っておくことにした。
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