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シンは、老爺の後について、スーパーの奥の部屋に入った。小さなテレビに小さな冷蔵庫、椅子がいくつかとテーブルが一つ。マグカップや安物のティーバッグが並んでいる棚もある。スタッフが使う休憩室らしい。
老爺は冷蔵庫を開け、そこから包みを二つ取り出した。シンに包みを持たせる。それから、床に置かれた段ボール箱の中に手を突っ込み、水のペットボトルを二つ腕に抱えた。シンをあごで促し、部屋を出る。
二人はスーパー裏手に移動した。十平方メートルほどの広さの、小さい公園がある。その隅のベンチに並んで腰かけ、包みを広げた。包みの中身は、サンドイッチ。消費期限は二時間前に切れている。
「スーパーの売れ残りだが、ちょうど二つ余ってて良かった」
老爺は独り言のように言う。実際、シンは答えなかった。食べるのに夢中だった。
「にしても、これで何回目だ。五回目か?」
シンは、声に出しては答えなかった。胸の内では「七回目」と返した。
「まあ、俺も苦労してるから、お前の気持ちも分からなくはないがな」
そこから老爺は、自分の身の上話を始めた。ずっと昔、ある会社で身をすり減らして働いていたが、ある日突然、一方的に解雇されたこと。それからは仕事運に恵まれず、長年連れ添った妻にも、貯金のほとんどを取られる形で縁切りされたこと。やがて六十歳を過ぎたが、以前勤めていた会社が厚生年金を払っていなかったので、年金をほとんどもらえないことが分かったこと。おかげで今現在、薄給で、このスーパーでこき使われていること。
シンは黙って聞いていた。この話、既に何回も聞いている。だが、「もうその話は知ってるよ」とは言わなかった。
「さあて、俺はそろそろ仕事に戻らないと」
老爺は、自分のサンドイッチを半分残していた。それをシンのほうに押しやる。シンは、
「あの」
と言いかけて、だが老爺が既に背中を向けているのを見て、口を閉じた。ズボンのポケットを無意識に探る。なにも入っていないビニール袋が、ぎゅっと圧縮されて収まっている。
老爺の背中がスーパーの中に消える頃、シンは、目を伏せて、口の中でもごもごとつぶやいた。
「ありがとう、ございました」
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