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「ああっ!」
女・・・名をミティという・・・がぎょっとしたような声をあげた。
「なんてこと! 大変!」
走りながら腰に手を伸ばし、剣のようなものを抜いた。長さは柄部分が十五センチ、刀身部分が四十センチ程度。柄は銀色の金属製で、鍔部分には獣の角を加工したものが使われている。刀身部はアルミニウム製。先端部分は矢じりの如く鋭利だが、それ以外は刃ではないので、触れても斬れることはない。
通称「アイスソード」。耐性Aの人間のみに利用が許可されている、悪霊接近戦用の武器だ。こちらはアイスガンと異なり、柄部分に真空状態で固体化された窒素が収められている。すなわち、単体での使用が可能なので、アイスガンよりも身軽に戦闘を行うことができる。
柄部分には、白色の四角い小さな突起物が付いている。個体の窒素を瞬時に融解させ、かつ液体となった窒素を注入するためのスイッチのカバーだ。カバーを開き、中の赤いスイッチを押すと、刀身の先端から液体窒素が流れ出す仕組みになっている。
ミティは、悪霊に向かってまっしぐらに走った。走りながら柄を握っている手の親指でスイッチのカバーを開く。スイッチにそのまま親指の腹を乗せる。
アイスソードを握る右腕を、思い切り後ろに引いた。「やあ!」と掛け声をかけ、悪霊めがけてソードの先端部を繰り出す。
が、ソードが悪霊に届く前に、つまずき、前のめりに派手に倒れた。とっさに左手の甲で顔を守る。右手は、アイスソードをしっかりと握ったままだった。
「いったあ・・・」
顔をしかめて、立ち上がろうと身を起こす。ふと、正面になにかの気配を感じた。地面に肘をついた状態で顔だけをあげる。
母親が、包丁を両手に握って、今まさに振り下ろそうとしていた。
「息子に手を出さないで!」
ミティは、耐性Aゆえに警団に所属しているが、実は戦闘能力は皆無に等しい。悪霊以外の、しかも武器を持った相手とやり合う度胸はなかった。この時ミティが取った行動は、目をつむり、顔を背けるだけ。
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