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だが、刃物は振り下ろされなかった。代わりに、声が降ってきた。
「ミティ!」
ミティは、はっとして目を開き、顔をあげた。紺色ズボンの団員・・・名をルングという・・・が、ミティと母親の間に立ちはだかっていた。凶器を握る母親の両手を自分の両手で包み込み、ミティへの攻撃を妨害している。
「今のうちに、とどめを差せ!」
「あ・・・うん!」
ミティは立ち上がった。アイスソードをもう一度強く握る。まだペルスに抱き着いている悪霊の背後へ、静かに歩み寄る。
「やめて!」
母親が、唾を飛ばして叫んだ。全力でルングに抗おうとするが、ルングのほうが背も高く体格も良く、まるで歯が立たない。
母親の目から涙が落ちた。嗚咽混じりの声で、ルングに懇願する。
「ねえ、お願い、聞いて。あの子は、私の息子なの。お願いだから見逃してちょうだい・・・!」
ルングは唇を噛んだ。それから、きっぱりと告げた。
「お気持ちはよく分かります。でも、できません。悪霊が人間に・・・あなたの息子に戻ることは、二度とないんです」
母親の瞳に強い怒りが現れるのをルングは見た。母親は、全身を震わせて
「そんなこと、分からないじゃないの!」
と、叫んだ。
「明日になったら戻る可能性も、ゼロとは言い切れないでしょ!」
「そうおっしゃるかたは、他にも大勢いました。でも、この十五年間でそういうケースは一度も起きていないんです!」
その時、シューッという大きな音が響いた。巨大な風船から一気に空気を抜いたような、汽車の汽笛のような、不思議な音だ。
ミティが、悪霊の腹にアイスソードを突き刺していた。柄のスイッチは、オンに切り替えられている。
悪霊は、両腕を天に掲げた状態で直立していた。頭の先からつま先まで、霜のように真っ白に変化している。もはや炎どころか熱の気配もない。むしろ、ひやりと冷気を感じるくらいだ。
こうなれば、悪霊退治は完了。あとは、風に吹かれただけで、悪霊の体はばらばらに分解される。凍った状態からは、水に変化して大地へ染み入るだけなので、なんの害もない。
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