第一部(その四) ロウト兄ちゃん

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 シンは、団長の部屋に誰の断りもなしに入った。何度も出入りしているので、室内は見慣れている。立派な肘掛椅子に、書斎机。応接用のテーブルとソファが一組。壁には棚が作り付けられ、悪霊退治に役立つと思われる文献がずらりと収められていた。  その反対側の壁には、大きな世界地図が掲げられていた。ところどころ、青のセロハンと赤のセロハンが貼られている。青は、悪霊がほぼ絶滅した(新たに悪霊と化すものは除いて)と思われる領域。赤は、未開か、もしくは、まだ悪霊が比較的多数残っていると目される地域だ。シンたちが今いる本部の場所は、青のセロハンで覆われていた。  シンはマントを脱ぎ、書斎机の横にあるポールハンガーに掛けた。アイスソードも腰から抜き、ポールに器用に立てかける。  それから、部屋の隅のサイドテーブルに近づき、水差しからコップに水を汲んで飲んだ。ふうっと息をつく。  その時、がちゃりと音がして、ドアが開いた。  ドアの向こうには中年の男が立っていた。着用しているズボンの色はモスグリーン。姿勢が良く、シャツの上からでも胸板の厚さがうかがえる。シンと同じく象牙色の肌を持ち、髪と瞳の色は黒だ。髪は襟足を隠す程度まで伸ばされ、唇の上部とあごには、短めの髭がバランスよく整えられている。髪にも髭にも、年齢からくる白いものが混じっていたが、それは老けているというよりも威風堂々とした印象を放っていた。  シンは、コップをテーブルに戻した。敬礼をする。 「ロウト団長。お疲れさまです」 「シンか・・・。何者かの気配がするとは思ったが、またお前か」  ロウトは、深々とため息をつき、ソファにどさりと身を投げ出した。 「本当にお疲れのようですね」 「クタクタだよ」  ロウトは目をつむり、眉間の間を親指と人差し指で強く押した。 「十五年前に比べれば、それは、悪霊の数は減っている。激減と言ってもいいくらいだ。だがな、人類もまた衰退の一途をたどっている。今の人口は・・・シン、お前、今の世界人口を知っているか?」 「さあ」  即答するシンに対し、ロウトはがくりと肩を落とした。 「お前・・・いみじくもクンド警団一の精鋭だろう。それくらい、把握しておけよ」  シンは、世界地図に歩み寄った。見るともなしに地図を眺め、興味なさそうに尋ねる。 「何人なんです?」
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