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国道沿いのアーケードは電飾で飾られ、エレクトリカルパレードのように輝いている。この風景を眺めながら携帯で好きな音楽を流し、娘を迎えにいくのがひそかな楽しみだ。けれどもいまはそんな気分になれず、下唇のひび割れを舐めながらテールランプにぴたりとくっついていく。帰宅ラッシュに巻き込まれなかったのが、せめてもの救いだ。曇天模様の空からは粉雪がぱらぱらとふりそそぎ、フロントガラスにふれた瞬間にしずくへと変わる。思うように進まないことにいらだちつつ、心配性の母の言いつけ通り、病院に無事にたどりつくことだけに全神経を集中させた。
かつて一度だけ、友達の盲腸のお見舞いで大学附属病院へ来たことがあった。
まるで要塞のようにそびえたっていた白壁は、いまでは月日の経過により、ヒビ割れとすすけた色あいを連れ立っていた。緑の背景に白のレタリックで『救急外来』と書かれた看板を見つけてドアを押し開けた。アルコールの人工的な匂いと粟立つ肌を撫でる温風。
すぐ先の受付に、険しい表情で書類にボールペンを走らせる父がいた。
「おとうさん」
父が書類を係の人に手渡して振り返る。
「加奈。はやかったな」
「おばあちゃんは」わたしはマフラーを解きながら早口で言う。
「どこにいるの」
「集中治療室。意識はまだ戻っていないらしい」
目の前が真っ暗に塗り潰される。そうなんだ、おばあちゃん、まだ意識がないんだ。
わたしたちは出入り口の近くの待合室に移動し、ギシギシ鳴る長椅子に腰を下ろした。父はチノパンを履いた足を落ちつきなく動かしていた。わたしたちのほかにはだれもいない。
「おかあさんは」
「そろそろ戻ってくる頃だ。浩二くんも会議を断ってこちらに向かってくれるらしい。申し訳ないことをした」
「……おとうさんのせいじゃないし」
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