立命 -加奈編-

4/19
前へ
/38ページ
次へ
 浩二は地方の零細企業に勤めており、ここしばらくは土日も出突っ張りだ。重要案件が飛びこんできたのか知らないが、最近はやけに仕事に熱を入れている。わたしは申し訳なさに胸が押し潰されそうだった。浩二はいつもわたしたちにふりまわされる。わたしたちはどちらともなく無言になった。  しばらく経ってもおばあちゃんの容体説明はなく、スタッフの不親切さに腹が立った。忙しいのは分かるけれど、こっちは心配でたまらないのだ。一言掛けるくらい、してくれてもバチは当たらないだろうに。かじかんだ手足はすこしずつ人心地になってきたけれど、心のまんなかはすうっと冷たいままだ。  それから十分ほど経ったころ、ベージュのコートを羽織った母が亜希子の手を引いて戻ってきた。毛糸の手袋とモコモコの帽子を被った亜希子は、キョトンと眼をまんまるにしている。 「ママ、ばあばは」 「ばあばね、いまお医者さんに診てもらっているの」  母はポーチからクリームを取りだすと両手にうすくのばし、亜希子の乾燥した肌にすりこんでいく。わたしの横で気持ち良さそうに目を細める亜希子。血色のよい頬は油をひいたようにテカって熟れたリンゴのように赤い。母も気が気でない様子だったけれど、亜希子の世話で心の平穏を保っているようだった。 わたしたち家族がなすすべなく座り尽くすあいだに時計の針は空転していく。しびれを切らした亜希子がわたしの二の腕を引っ張った。 「ママ、のどがかわいた」 「そうだね。ジュース買いに行こうか」     
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加