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地域の廃品回収やバザー運営の委員を務めるほどに活動的だったおばあちゃん。けれどもここ数年で老いが進行し、手すりがないと移動が困難になった。毛糸の靴下を履いていたときに居間の段差で転けて以降、家にあるすべりやすいマットやスリッパはすべて撤去した。着替えだって満足にできず、わたしや母が着替えを手伝ってオムツの世話をした。飲み込みにくい食事は出来るかぎり刻んだ。苦労はいつも尽きなかった。
なんでこんなことをしているのだろう。ほこりっぽい台所で家族6人のお茶碗を洗うたび、洗剤まけであかぎれた指先に虚しくなった。オムツを替えるたびに「すまないねぇ」とこぼすおばあちゃん。その弱々しい姿は、腹立たしくもなんだか泣けてきた。
それだけなら耐えられたかもしれない。
けれども心の癒しを求めて携帯を開けば、高校生時代の親友が新しいお店でのひとときをSNSに投稿し、旅先での出来事を楽しそうに呟いている。「いいな」と呟いて羨望の眼差しを鏡に移せば、出産でたるみきった頬がそこにはあり、ひどく所帯染みた自分が映る。どんどん自由な翼を失っていくような惨めさがわたしのまわりの空気を重くする。
だから今日の電話におどろいた一方で、すこしだけ、ほんのすこしだけ、肩の荷が下りた気がした。
「加奈」
天井をぼんやり眺めていると私の名前が呼ばれた。そこにいたのは緊迫した表情を浮かべた浩二だった。突然の知らせに飛んできたのだろう、スーツの襟がうさぎの耳のように立っていた。眉間の皺も深い。
「来てくれたんだ」
「当然だよ。大丈夫か」
「うん」
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