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あなたのせかい
長い坂道をころころころ。丸いものが足元まで転がってきた。スニーカーにこつんとぶつかって、止まる。ビー玉かな。かがんで拾い上げてみる。太陽の光を鈍く反射するそれは、人間の目玉、だった。感情のない瞳がこちらを見てくる。一体なぜ、こんなところに、目玉なんて。
似ているようで、自分のものとはどこか違っている目玉。こちらの目玉より優しそうなんて思うのはおかしいだろうか。ねえ、あなたはどんな風に世界を見ているの。目玉の向こうの誰とも知らない人に問いかけてみる。少しだけ、見せて。
手を伸ばして、自分の右目を取る。そしてそこに、新しい目玉を入れる。大きさはぴったり。一度ぎゅっと目を閉じ、ゆっくりと開けた。ああ、同じ景色のはずなのに、空が青い。緑が深い。太陽が眩しい。笑っちゃうくらいに全てが愛おしい。こんな世界もあるのか。世界は一つだけなんて嘘っぱちじゃないか。
久々に大きく伸びをした。背筋を伸ばした。あくびをした。さあ、家に帰ろうか。坂を今度は下っていく。手にしていた自分の目玉はいつの間にかなくなっていた。
道の片隅に鈍く光る丸いものが落ちていた。彼は駆け寄り、それを拾い上げる。淀んだ目玉が彼を見つめてくる。慌ててそれを右の眼窩に入れようとして、手を止めた。もう一度、その目玉を見つめ、首を振る。「違う、違う、これじゃないんだ」小さく呟くと、そっと目玉を地面に置いた。「これじゃないんだ」彼はそう何度も繰り返しながら坂を上っていった。
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