リンゴと未完

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 それは、真っ赤なリンゴだった。  リンゴは汚れた床の上に無造作に転がっていた。  ほこりまみれのガラクタにあふれた部屋で、そのリンゴだけはつやつやと輝いていた。  作り物かと思って手に取ってみたが、どう見ても本物だ。みずみずしさを感じる手触りといい、かすかな甘い香りといい、普通のリンゴだ。  大学3年の英司は、母からアルバイトと称したやっかい事を押し付けられていた。ずっと前に亡くなった親戚の古い家をこの度取り壊すことになった。それにあたり、まだ中に放置されている物の整理をだれかがしないといけないということで、夏休みに入り家でゴロゴロしていた英司に白羽の矢が立ったのだ。  そんなの業者に頼めばいいじゃないか、と抵抗してみたが、 「来月の車検代、出してあげるから!」  と言われ、しぶしぶ引き受けたのだった。  ずっと前に亡くなった親戚というのは、もうすぐ八十歳になる祖父の叔父だ。森口修一という有名な画家だったのだそうだ。親戚の間では『画家のおじさん』と呼ばれているが、詳しいことはあまり知らない。  英司は母に家から追い出されるように見送られて、車で一時間ほどの隣の市にあるその家に向かった。途中カーナビに惑わされ、事前に渡された地図はアテにならず、たどり着くだけでかなりの苦労をすることになってしまった。  木立に囲まれ通りからは見えにくい位置にあるその家は、小さめな洋館といった外観だった。きちんと整備したら女性が好みそうなペンションとかができそうだが、長年放置されていただけにあちこち痛んでいる。外壁ははがれたりヒビが入ったりしているところがたくさんあるし、よく見ると屋根が少し傾いている。これはリフォームなどするより立て直したほうが安く済みそうだ。
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