辺境の消防士

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 人類は今、窮地に追い込まれている。  この惑星で覆われている水は九割を超えた。つまり、もう残っている陸地が一割もないということだ。  このまま何もしなければ、全人類が水に呑み込まれてしまう未来はそう遠くないだろう。  何故、こんなことになったのか。その発端はある科学者の発明だ。  消火する水。それは彼自身の体験から得た発想で、ナノマシンの発達に伴う人類の福音になるはずだった。  火事の発生に素早く反応して自動増殖を始めるように作られたそれの開発は実用化するまでの課題が多数あるものの順調に行われていた。  何故か、実験段階だったそれが流出してしまうまでは。  いつ何処で何があって、そうなったのかはわからない。  ただ、今ある事実は、ある日突然、水があらゆる国の土地を沈めさせた。数少ない生存者からの証言では、その沈んだ土地はそのとき火事が発生していた。  水の流出の真相を究明するのは今の段階だと不可能に近い。この研究に関わっていた人間は水に呑まれて死んだか、行方不明になっている。  一日で、この世界の火事による死因が一酸化炭素中毒や焼死、圧死に加えて溺死が追加された。  権力や金などの力がある者は水の到着が遅れるであろう内陸に移住し、力も何もない者は水の近くに住む以外の選択肢がない。  私はどちらかというと力がない方の人間だ。海は見えないが、火事が起これば十二分ほどで沈んでしまう土地に住んでいる。  そこで私は水の脅威と戦うべく研究を続けていた。  実は、私はこの世界を滅茶苦茶にした研究の関係者だ。手元に幾分かのそれに関わる資料がある。  私なりに責任を感じて白衣に袖を通して研究を続けていたのだが、今はそれも窮地に陥っている。  何故なら、私の自宅が燃えているからだ。  私はマンションの最上階に住んでいる。ただし、それは恐らくアパートと言った方が想像しやすいコンクリート造りの四階建てで、兄が建物ごと私に遺してくれたものだ。  それが今、燃えている。火元はわからないが、私ではないことは確かだ。  私はUSBメモリをポケットの中に入れて、ハンカチで口元を抑えながら下へ降りていく。
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