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ひとまず、ここから脱出しよう。脱出して、出来るだけ海から遠い場所へ逃げなければならない。
こんな辺境に消防士は来ない。
こんな世界になってから、消防士は超S級の危険職業になった。
その代わり、待遇は元の数十倍も良くなり重宝されるようになった。
でも、それは内陸限定の話だ。ここで仕事をしても取り分は大したことがない。消防士なら内陸で暮らす方が賢明だ。
ちょうど二階に降りたところで、耳にすすり泣く声が聞こえてくる。どうやら幼い子供の声だ。逃げ遅れたのだろうか。
私は自然と声がした方へ足を向けた。本当は早く逃げなければならないのだが、火の恐怖を私は知っている。見捨てることは出来なかった。
「誰か、誰かいるのか!?」
そう叫ぶように声を出すと、震えた声で「いる、いるよ……!」と返ってきた。
私は急いで声がした部屋の中へ入る。この棟の一番端の部屋で赤黒い炎が上がっている。恐らく、ここが火元なのだろう。
私は屈みながら進むと、ベランダ近くで身体を丸めている女の子を見つけた。
「よく頑張ったね。今、助けるから!」
そう声を掛けると、女の子は顔を上げて「ほんとに?」安堵したように口角を上げた。
だが、私の姿を見て、女の子の笑顔は「ひぃ……っ」と言う悲鳴とともに歪んだ。身体は震え出し、視線が私に対して恐怖していることをストレートに伝えてくる。
「み、みぃ、ミイラおとこ!!」
その罵声を私に浴びせたあと、わんわんと大声で泣き出した。
「に、人間だよー……。ミイラじゃないよー……」
とりあえず、私が人間であることを伝えるが、それは泣き声に掻き消される。
私は子供と接する機会が少ない。こういうときの対処法がわからない。
「じゃあ、ミイラでいい。ミイラで。僕は優しいミイラだから、早く逃げよう!」
あの手この手で何とかなだめようとするのだが、なかなか泣き止まない。
「お前は今、死の窮地に立たされているんだぞ! ミイラでも悪魔でも何でも使って生き抜くべきだろう!?」
気付けば、怒鳴っていた。当然ながら、女の子の泣き声はより一層大きくなる。
このままだと、二人ともここで水が来る前に死んでしまうかもしれない。
ふと部屋に風が入ってくる。
「大丈夫ですか?」
唐突に私ではない男の声が聞こえてくる。その男はいつの間にかベランダにいて、ベランダのガラスも知らないうちに割れていた。
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