辺境の消防士

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「しょうぼうしさん……?」  女の子はすぐに泣き止んで、瞳を輝かせる。  女の子の言うように、その男は消防士の格好をしていた。  こんな辺境暮らしだと消防士なんて架空のキャラクターに限りなく近い存在だ。――恐らくミイラなんかよりずっといいだろう。 「あ、あのね! ミイラが……!」  女の子が消防士に抱き付き、私を指差す。 「ああ。彼は僕の友達だよ。少し時間がかかりそうだから、先に来てもらったんだ」  彼は女の子にそう言うと、私にウインクをして手を差し出した。早く来いということだろうか。  女の子は彼の言葉に納得したのか大人しくなっている。  私は彼に指示されるまま、ベランダへ来た。 「それじゃ、このベランダから飛び降りましょう」 「――えっ?」  返事をするより先に、彼は女の子を抱えて飛び降りていた。  見事に着地した彼は「大丈夫ですよー!」と私に言う。  今更、後戻りは出来ない。思い切って、私は飛び降りた。  こうして、私は人生初の飛び降りをした訳だが、それは本当に一瞬の出来事で見事な着地に終わった。驚きのあまり放心状態になりかけたが、すぐに我に返る。  それは水の音が聞こえてきたからだ。水が迫っている。  いや、もう到着して火に辿り着いたのかもしれない。  あの水は火元に辿り着くと増殖をする。それは火を消すためで、火が消えれば増殖を止めて水は蒸発してその場からひとまず消える――はずだった。  だが、大きな欠陥があって、炎の大きさがある範囲を超えるとその増殖は無限増殖に変わり、町一つを水没させるようになっていた。 「逃げてください」  消防士は消防車からホースを取り出しながら、私にそう言う。 「僕は火を消しますから。絶対にここを水没させたりしません」 「消すって、水は……」  何もない水とナノマシンの水の見分けは付かない。世界が混乱に陥ったゴタゴタで、何処にナノマシンの水が潜んでいるかわからなくなってしまった。  だから、水を使った消火活動は出来ない。内陸には何かしら真水を取り出す装置があるのだが、この辺境にある訳がない。 「大丈夫ですから。信じてください」  消防士がニコッと笑い、ホースから放出されたのは水ではなく大量の砂だった。  私は今、砂掻きをしている。あの消防士に返すために砂を外へ集めている。
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