次の朝への出会い

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「……一体何やってるの?」 勤務している会社に朝いちばんで出社したシオリの目の前には、中指と親指をくっ付け、何かをつぶやいている制服姿の女性が誰もいないオフィス内に一人きりで居たのだ。 その女性はシオリの同僚でメイと言い、普段は誰に対しても公平に接する事ができる、いわゆる「大人の女性」である。整ったメイクが顔を彩っているメイの顔は、まるで死人の様であった。何かに追い詰められているのか、周囲の空気もやたら重く淀んでいる。 怪訝な顔をしたシオリに声を掛けられた彼女は、黒く淀み切ったその目をシオリへと向けて無理のある笑みを作った。 「おはよう」 「おはよう。一体どうしたの?」 「ええ、ちょっと悩み事があってね」 「解決できるかわからないけど、聞くだけ聞くから、人が来る前に全部吐き出しちゃいなさい」 悩みはそれなりの年齢に達した人間特有のものだった。 彼女は両親と共に同居しており、将来は老いた両親を世話するべく色々と準備を始めているのだが、両親は自分の娘を慮り「自分の面倒は自分で見るわい!」と彼女の世話を受ける事を拒否。 また、交際していた彼氏には「親付き物件なんて重すぎてイヤだね」という理由で別の女性へ逃げられた。それ以来、自分を守れる肩書と働きに出られなくなった時のための副業も考えるようになった。 幸いにもメイの勤務先の会社は副業を認めており、自分が好きな事を副業活動の軸に据えようと思い立ったまでは良いのだが、「年頃」故の様々なプレッシャーから、先ほどの簡易占いを初めとした占いに嵌っていたのだ。 「前々から創作活動には関心があったし、文筆活動に専念しようと思ったんだけど、いざやろうとすると中々勇気がでなくてね…」 「…悩んでるヒマがあったら、さっさとやれ!」 「ごめんなさいっ!」 「創作活動だって、そんな甘っちょろい、曖昧な考えで取り組んでもそうそう上手く行くもんじゃないんだ。本気でその副業を何がなんでも成功させたいなら、仕事の合間の休憩時間でもいいからやれ!」 「はい!」 その後、メイはネット小説家として覆面作家デビューを果たす。 初めは拙い短編集を不定期掲載でネット上に上げていたが、仕事の合間にコツコツ書き溜めていた長編小説をあるコンクールに応募したところ、見事に受賞を果たしたのである。 受賞後も兼業作家として多忙な日々を送るが、とても晴れやかな顔をしていたという。
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