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眩しさを感じて目が覚めた。起き上がろうとすると、頭に妙な違和感を覚えた。
「起きたの?」
ふっくらとしつつも引き締まった輪郭の女性が寝返りを打ってこちらを向いた。
「もう、羽目を外して飲みすぎるなんて」
隣で僕の顔を覗き込みながら彼女が言った。厳しい口調とは裏腹に、口元は緩んでいる。
初めはぼやけていたが、すっと通った鼻筋と二重の大きな瞳の美しい女性の顔がはっきりとしてくる。そうだ、昨日は大学時代の友人たちと久しぶりに飲みに行ったんだっけ。
「今朝は私が作るわね。」
頭がぼんやりしているが、社会人の常で体が動く。顔を洗って髭を剃る。パジャマを脱いで下着を変える。ズボンを履き、アイロンが美しくかかったシャツを着る。そして、エプロンに手をかけたところでいい香りがして来た。ネクタイを取ってテーブルに向かう。
椅子にかけると、お盆に朝食を載せて彼女がやって来た。ご飯に味噌汁。そして漬物。
「昨日の残りだけど、我慢してね…あら、ネクタイ結んでないの?」
「いい匂いがしたからね、それどころじゃなかったんだよ。」
僕は彼女にネクタイを渡す。
「そうそう、昨日はね解析的数論の人の話を聞いたの。」
シャツの襟を立て、ネクタイをかける。
「結び目の話かい?」
僕は珍しく彼女の話に口を挟んでみた。
「あら、よく覚えてるわね、昨日の話。てっきり聞き流してるのかと思ってたわ。期待してたなら残念だけど、昨日の話とは別ね。D加群っていう道具の話よ。」
彼女は数学者で、大学で数学の研究を行なっている。今日も彼女は昨日仕入れて来た新しい数学の話をする。頭の構造がどういう風になっているのか知らないが、手は器用にネクタイを結び口からは流暢に僕の知らない言語が流れてくる。恐らく、頭の中で僕にも比較的分かり易いようにと文を組み立てたり自分の研究のことを考えていたりするのかもしれない。僕は勝手に4つくらいの世界を同時に生きているのではないかと想像している。
「さあ、出来たわ。」
僕は箸をとりながら彼女の方を向く。
「ありがとう、唯」
毎日同じことを繰り返す僕とは対照に、彼女は常に何かを吸収し、新しくなり続ける。明日はどんな女性になっているのだろうか。
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