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「私は何も見ていないので、何もしないと思います」
目の前の男、赤坂井空に向かって、紫野川七世は言い放った。それの何がおかしかったのかは分からないが、井空は七世の言葉に大きく笑い出した。
「いや、いやいや、そんなの信じられると思ってる? なあに、面白い子だったんだね、君」
井空は依然として少女の上に馬乗りになりながら、ただの根暗じゃなかったんだあ、とかなんとか言って笑っている。その姿が少しおぞましくて眉をひそめた。
「誰にも何も言わないし忘れるので見逃してもらえませんかね」
「無理じゃん? 僕には君を信じるだけの担保がなーんにもないし。それに、紫野川の名前がどれだけ有名か舐めない方がいいと思うよ」
困ったことに、この獣は少しだけ賢かった。紫野川の家のことを知っていてあえて七世に話しかけてきたようだ。苗字を隠してはいないが、確か家の話は誰にもしたことがないはずだ。それでも井空が事情を知っているということとは。
「うちもざっと300年くらいはお世話になってるのかな、ね? 妖怪退治屋の紫野川さん」
「私は貴方たちを祓うことは出来ません。する気もない。そもそもこの学校にだって来たくなかったんだから。いつかこうなることは分かりきっていた」
「え、じゃあ何、この状況を見過ごす気なの」
「最初からそう言ってるじゃないですか。そもそも、妖怪とか幽霊とか、私そういうの信じてないんで」
「驚いた……僕のこと見てもまだそんなこと言えちゃうわけ」
「言えちゃいますね、だって興味ないですもん。家柄とか家業とか、そういうのに縛られたくないんです」
「そういうの最近の子っぽいよねえ」
「赤坂先輩もそんなに歳は変わらないんじゃないですか」
「ああ、ごめん、僕はそろそろ100歳くらい。よくある妖怪年齢です。ていうか、僕の名前知ってたんだね?」
「貴方こそ校内で有名じゃないですか、華の生徒会副会長さん」
「ははっお互い様だ」
すると唐突に、井空は片手で少女の顔を覆った。ぼそぼそと何かを呟くと、床に敷かれた少女はがくりと脱力した。そんな魔法みたいなことがあってたまるかと言いたくなったが、それから少女はぴくりとも動かなくなった。
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