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ゆるゆると立ち上がった井空は、その身をこちらに向けて一歩ずつ近付き始めた。冗談はやめてくれと言いたかった。見逃すと言っているのに、次の獲物にされてはたまったもんじゃない。
「ちょっと、こっち来ないで。私の家のこと、貴方の素性、二つの秘密を共有しているということで担保にしてもらえませんか」
「うーん、まだ少し安心感に欠けるかな」
正面を向いたことでよく見えるようになったが、井空は口元、首まわり、上半身、手、それらが満遍なく血塗れだった。そんな状態で迫って来られると流石に慄いてしまう。感覚としてはゲームでゾンビに追い詰められたプレイヤーの気分だ。
「じゃあさ、噂を確かめさせてくれないかな」
僕たちの間でずっと、500年くらい噂話として定番のやつがある。そう言って井空は遂に七世の眼前にまでやって来た。手を出せば触れてしまえそうな距離。そこまで来ると、七世はすっかり井空の目に釘付けになっていた。
彼らの能力の一つとして、魅了というのがある。触れたもの、視線を交わしたもの、それらを全て魅了して、自分の虜にしてしまう。厄介で魅惑的な不思議な力。この種の大半が浮世離れした美しい風貌を持つのも能力の一環だった。
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