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何故なら。
─あの頃の自分と今の自分では顔が違うから……。
きっと気付いてもらえない。
そもそも鈴木は自分を覚えているのだろうか。
平凡で地味だった、あの頃の小泉斗真を。
万が一、かろうじて覚えていたにしても、整形で別人となってしまった自分をどう思うだろう。
整形で見られる顔にはなったが、自分自身、親から大事に育ててもらった顔に傷をつけてしまったのだと引け目に思わない日はない。
人にもよるのだろうけれど、自分と同じ感覚の人間は山ほどいる筈だ。
もっと厳しい目を向ける人間だっている。
それを数年ぶりの再会で突然暴露する勇気は……ない。
「いえ、その名刺、捨てて下さって構いません。もしかしたら僕が一方的に覚えているだけで鈴木さんは覚えていないかも……。だとすると迷惑にあたりますから」
『迷惑だなんて、そんなことないだろう?大学の後輩と知ったら驚いて懐かしむんじゃないのかな』
「いえいえ、僕目立たない人間だったのできっと覚えていないと思います。本当にいいので、捨てちゃってください」
斗真が強く押し切ると、加賀美は黙ってしまった。
何かおかしなことを言ってしまったのだろうかと不安が胸を過る。
しかし加賀美はまたすぐに話し始めた。
『じゃあこの名刺、私がもらってもいいだろうか』
「え」
─何でだよ。
何をどうしたらそういう考えに至るのか。
まさか捨てるのはもったいないとでも思っているのだろうか。
斗真がスマホの先で狼狽えていることに気付いているのかいないのか。
加賀美は声のトーンを変えることなく話続ける。
『これも何かの縁。人と人との繋がりを大事にする質でね』
「はぁ」
『いいよね?小泉君』
「へ?は、はぁ……」
思わず間抜けな返事になる。
そもそもその名刺には鈴木への下心しか搭載されていない。
それを加賀美が手にしたところで何の意味があるのだろう。
人との繋がりを大事にすると言っていたが、まさか友達になろうだなどと言い出さないだろうな?
と、斗真はそこに疚しい気持ちがあるのかないのか見定められぬまま、取引先である人材派遣会社社長とお友達契約?を結んだのである。
その後加賀美から人との縁は磁石みたいなものなのだと、持論を聞かされた。
近付くほどに吸い寄せられ、近付きすぎると反発する。
私と君が同極でなければいいのだと、よくわからないことを言っていた。
それが何を意味するのか、判明するのはもう少し先のことになる。
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