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加賀美に誤って名刺を渡した一件から、もう一月が経とうとしている。
マンパワーネットワークとの面接で採用した木村という女性は、曲者揃いの経理部で働き始め、持ち前の明るさで円滑に業務を遂行しているようだった。
喜ばしい限りだ。
それはさて置き。
斗真は悩んでいた。
名刺をこっそり鈴木へ手渡して、どういう形であれコンタクトを取る─という目論見が外れてしまったのだが。
あれから一ヶ月が経とうとしているが、斗真は鈴木と繋がることを諦めきれない。
できるものなら、どうにかして繋がりたい。
かと言って、鈴木と連絡を取り合う仲になったとして、本当の自分をさらけ出してよいものか。
あまりに変わりすぎた自分を、どれくらい露出させたらいいものか。
……それとも自分は別人の小泉斗真として、整形したことを隠し通すべきなのか。
「はぁ……」
就業のチャイムがなり、一日が始まったばかりだというのに、斗真の口からは溜息が溢れる。
─それもこれも、笹本さんと渋澤さんのせいだ。
間接的な理由にしかならないけれど、視界の端々に二人が写る。
失恋した相手と恋敵。
気になる二人が視界に入るものだから、嫌でも目で追ってしまう。
何を話しているのかは全くわからないが、二人は以前よりも仲が良くなり、笹本に限ってはマスクをしていてもその下には笑顔があるとわかってしまう。
笹本のことは前から可愛いと思っていたが、渋澤と付き合い始めてからますます可愛くなってしまった。
そうさせたのは悔しいけれど渋澤だ。
─俺もあんな風になりたいな。
恋人が日に日に可愛らしくなっていく様を自分も味わってみたい。
心の隅では渋澤を羨んでいた。
自分も恋人が欲しい。
もしかして……、あの時鈴木と再会できたのは、神が与えてくれた恋のチャンスなのではないだろうか。
─きっとそうだ。俺にリベンジしろってことなんだろう?神様!
無宗教のくせに、こんな時ばかりは神が心に存在する。
そうとでも思わなければ、先には進めないだろう。
最早相手は笹本じゃなくてもいいくらいに失恋の傷は癒えている。
斗真の気持ちは偶然再会した鈴木にぐいぐい引っ張られていた。
採用の打ち合わせでほんの小一時間程度、商談室で顔を合わせただけの鈴木に。
斗真はこの日、鈴木と再び接触する方法をひたすらに考えた。
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