magnet

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「いつもお世話になっております。マンパワーネットワークの鈴木と申します。本日はいつも担当させていただいております田中が退職致しまして、新たに私が御社をご担当させていただくことになりました。どうぞよろしくお願い致します」 ─鈴木……。 小柄な方は鈴木というらしい。 「こちらこそよろしくお願い致します」 「よろしくお願い致します……」 ─やっぱり鈴木さん……? 斗真の中で記憶と現実が徐々に結びついていく。 鈴木はスーツの内ポケットから名刺入れを取り出し、中から名刺を2枚出して人事部長と斗真へ手渡した。 名刺には"鈴木太一"と書かれていた。 「すっ……!」 斗真の疑惑が確信へと変わった。 斗真は驚きのあまり思わず鈴木さんと声を上げようとしたが、寸でのところで思い止まる。 「どうかしたか小泉?」 「あ、いえ。なんでもないです、すみません」 きっと声を掛けたところで鈴木は自分に気付くことはないだろう。 今の自分は学生時代とは違う。 鈴木はきょとんとした顔で挙動不審気味の斗真を見て、その後にっこりと微笑んだ。 ─あぁ、この笑顔。覚えてる。 冴えない見た目に反して、微笑む表情はどこか艶を帯びて色っぽい。 このもの柔らかな色気に充てられ、学生時代の自分はこの人に惚れたんだったと思い出す。 あまりじっと見詰めていては不審に思われるかもしれないと、斗真は鈴木からゆっくり視線を外した。 「それから社長交代がありまして……」 鈴木が続けて話すと、鈴木の後ろに控えていた長身の美形が一歩前へと進み出る。 その男も名刺を取り出し、斗真達に手渡した。 加賀美剣一と書いてあった。 「社長の加賀美と申します。この度社長交代がございまして、私が着任することとなりました。どうぞよろしくお願い致します。本日は私も同席させていただきます」 歳は30前後だろうか。 威圧的に感じるほど整った目鼻立ちと、長い手足、締まった身体。 大人の色気を湛えた男。 この若さで社長に就任したのだから、大いにやり手なのだろう。 何にしても加賀美は斗真の苦手な人種だった。 挨拶の後、加賀美がしっかりと頭を下げたので、斗真もすぐに深くお辞儀する。 顔を上げると加賀美と目が合い、斗真は反射的に視線をずらしてしまった。 不自然に思われたかもしれないが、苦手と認識してしまったのだから仕方ない。
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