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加賀美から目を反らしたことに多少の罪悪感に似た気まずさを覚えつつ、こちらからも名刺を二人に手渡した。
予想通り、鈴木は斗真の名刺を見ても顔色ひとつ変わらなかった。
そういえば同姓同名の知人がいた……くらいには思われていないだろうか。
いや……、恐らく大学時代の自分は完全に忘れられているのだろう。
形式的な挨拶を終えたところで経理事務職希望の女性が現れ、商談室のテーブルで簡単な面接を行った。
面接の流れや部長が女性に繰り出す質疑応答について一通り学ばなければいけないのに、斗真はどうしても集中することができない。
視界の端に鈴木を捉え、意識してしまう。
─だめだ。ちゃんとしなきゃ。
何とか気持ちを切り替えて鈴木を視界からシャットアウトし、視線を対面する女性へと向けた。
面接にきていた女性はほんのりと茶色に染めた髪を後ろで一括りに結わえ、黒のリクルートスーツも相まって真面目な人物と思えた。
受け答えもそつがなく、物腰は柔らかいし人当たりも良さそうだった。
簿記の資格も実務経験も十分で、誰が疑うこともなく採用に値する人物だった。
それにこのような女性ならば、きっと渋澤からのキツイ当たりもないだろう。
斗真は部長と女性のやりとりに集中してメモを取りながら、再び視界の端に鈴木を捉える。
─やっぱり気になる。俺のこと覚えてるかな。声掛けたいけど何て?俺の顔が違うのに向こうは絶対気付かないだろう。
斗真はほんの一年ほど前に顔の部分整形手術を受けていた。
二重瞼を作り、鼻筋を高くしたのだ。
それに至ったのには理由があった。
大学時代のことだ。
鈴木は斗真の大学の先輩にあたりフットサルサークルのメンバーで、当時斗真が想いを寄せていた相手でもあった。
鈴木の見た目も性格も、斗真のハートど真ん中を見事撃ち抜き、斗真は瞬く間に恋に落ちたわけだが、肝心な斗真のアプローチは全く鈴木に届かなかった。
しかし、何故か斗真は独り善がりにある程度の手応えを鈴木から感じ取っていた。
それは完全な勘違い、思い込みだった。
ある時、事もあろうか同じサークルメンバーに、横から鈴木をかっさらわれ寝とられるという大事件が起きた。
ただ、寝とられた─そう思っていたのは自分だけだった。
一体自分の何がいけなかったのか。
自分の見た目が悪いから寝とられてしまったのだと当時の斗真はそう思い込み、就活が始まる直前、大学生活最後の夏休みに、思いきって顔を変える手術を受けたのだ。
その頃、鈴木はとっくに大学を卒業していたので、整形後の斗真を鈴木は知らない。
─それにしてもまさかこんな所で会えるなんて。全然変わってない……。
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