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でも、お姉さんがかまってくれなくなったのは、別な理由だったのかもしれない。さっき、お姉さんと会っておれはちょっと考えを改めた。
お姉さんがうちを訪ねてきたとき、おれは自分の部屋で、明日の入学式の準備をしていた。進学先は、第一志望だった隣町の中学校。どうして今から受験しないといけないのか、と親を恨んだ日もあったが、努力が実ったと思えば嬉しくないなんてことはない。目標にしていた学校のブレザーを前にすれば、じんわりと喜びが胸の内に広がる。
それにしても、ネクタイの慣れなさと面倒さは、喜びの感情でカバーできるものじゃない。卒業式のときにもこのブレザーを着たけど一人では未だに、ネクタイを綺麗に結べずにいた。悪戦苦闘していると、不意に玄関のインターホンが鳴る。
「出てちょうだーい!」
夕飯を作っている母さんの声が、キッチンから飛んできた。わかった、と一声かけ、ブレザーの上着を羽織って、おれは二階の部屋から玄関まで駆け下りる。ドアを少しだけ開けて相手を確認すると、ドアの外には、クリップボードを片手に持った、隣の家のお姉さんがいた。
「こんにちは、回覧板です!」
ドアの外のお姉さんは、白のブラウスに、裾の広がったベージュのボトムスを合わせた春らしい格好をしていた。ふわっとした格好が女の子らしく、よく似合っている。相変わらず可愛いな、なんて思っていると、あれ、とお姉さんが小さな顔を傾げた。
「一郎くん? 中学生になったの?」
――そのときの、お姉さんの目の輝きと来たら。新しいものを見たときや、新しい恋人と会っているときと、同じような輝きようだった。そして、おれはその輝きを真正面から見て初めて気がつく。
その目は、小学一年生のときのおれに向けられていたのと同じものだった。
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