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『今になれば、こんなどうしようもない子供なんて放って置いて、好きなことをしていてくれれば良かったのにと思います』
「小さい子がいるのに、母親が放っておける訳がないわ」
『でも子供を預けて仕事をしているお母さんなんて沢山いるじゃないですか』
なんだか彼はムキになっているように聞こえた。
「自分のせいでお母さんの人生を犠牲にしたと思っているのね?」
言葉が返ってこない。
そうだ、まだこの子は大学生。
それも大きな傷を背負った。
一見しっかりしているように見えて、親に素直に甘える事も出来なかったのだろう。
私からすればきっと反発していたことも甘えだと思うけど、それは言うべきでは無いだろう。
「私がここを使い出した理由は知ってるわよね?」
『・・・・・・はい』
「ずっと子供達のために、夫のために必至に頑張って来たの。
そりゃぁきちんと出来ている母だったか、妻だったかと言えば違うと思う。
仕事をしながら、家族を介護しながら、それこそ病気を持ちながら必至に全てをこなしている方々からすれば、私なんて贅沢な立場だと思う。
それでもね、辛いものは辛いのよ、情けないくらい。
趣味をしたらとか、外に出たらとか、それこそ隙間の時間に資格の勉強すればなんて言うけど、そんなエネルギー無いの。起きないの。
必至に人生を注ぎ込んでいた子供や夫から冷たくされると、自分の存在価値って何だったんだろうと思うのよ。
そうするしかなくて、目の前にあることをただひたすらにこなそうとしていたらこんな歳になって、急に怖くなったのよね」
情けない事を、ぼんやりと話す。
それも沢山の苦労をしたまだ大学生相手に。
一息つくために、湯飲みに入っている冷えたお茶を飲む。
「イチロウ君のお母さんじゃ私は無いから、もちろんお母さんの本当の気持ちなんてわからない。
でも、イチロウ君が大切だったのは間違いないわよね。
医者になるために頑張っているけど、確かに過疎の問題を見たせいもあるけど、看護師だったお母様の事も影響しているんじゃない?」
少し間があった。
ちょっと軽い笑い声が聞こえた。
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