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忘れ物を取りに戻った教室にはまだ、真人が一人ぽつんと残っていた。 夕陽が射し込んだ教室は少し赤みがかって綺麗で、赤を纏った真人の横顔が少し寂しそうに私の目に映った。 しばらく見惚れていた私に、いつから気が付いていたのだろうか。 こっちを振り返りもせず問い掛けた真人の声で我に返る。 「またなんか忘れたのか?」 「あっうん、ちょっとね」 見惚れていた気恥ずかしさを取り繕うように私は自分の机へと急ぎ足で向かった。 「みゆきは高校卒業したらどうするんだ?」 質問の意図が理解できずにいた。 私と真人は、同じ大学に進学する事が決まっていたし、真人もそれを知っている。 大学に入ってからどうするのか、という質問だろうか。 「どうって。大学に行くよ。 真人もそうでしょ?」 私はとりあえず決まりきった答えでお茶を濁した。 「俺はさ、高校卒業したら、海外に行くことにしたんだ」 鼓動が早くなる。考えた事もなかった。 真人と離れ離れになることを。思えば幼稚園から今までずっと一緒で、これから先もずっと一緒だと勝手に思い込んでいた。 「海外ってどこ?」 私は真人に向けていた目線を外して、窓の方を見ながら問い掛けた。真人をこのまま見ていたら止めてしまうかもしれないと思った。 「んーイタリアとかフランスとか、ヨーロッパを色々見て回るんだ。たぶん今しかこんな事できないだろ?」 「お金……お金はどうするの?」 「親が出してくれるってさ。いいだろ? まだあるうちに、かじれるだけ親のすねをかじっておこうかと思ってさ」 冗談めかして真人が答える。 「美味しそうね」 私も冗談で返す。真面目に取り合うと、私の気持ちが暴発してしまいそうで怖かった。 「ああ、すごく甘いらしいぞ、親のすねって」 「バカ! 何言ってんのよ。旅行気分で遊びに行くの?」 「まあ、そうだな。あっちでやりたいこと見つけられたらいいなって思ってさ」 「本当に、テキトーだね」 「大人になったらさ、テキトーじゃいられなくなるんだよ。 だから今の内にな」 ふっと笑った顔は私の好きな顔だった。 この日私は、真人に対する気持ちをこのまま隠そうと心に決めた。
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