初恋と失恋

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「それでは、僕はこれで。資料が出来上がったら、会議室まで運んでおいてください」 「承知しました!」 ピシッと背筋を伸ばし、オフィスを出て行く彼の後ろ姿を見送る。 ああ、何て素敵な人なんだろう。こんなにときめくのは、学くんに恋して以来である。 棚橋瑞穂(みずほ)さん。31歳独身。 K大文学部を卒業後、立木書房に入社。企画力はもとより、その半端ない読書量は他の追随を許さず、日の出の勢いで出世したというエリート社員である。 文芸の知識は全社一との評判であり、『文学青年』に憧れる私の恋心は、いっそう燃え上がった。 立木書房で働き出してから半年が過ぎる。初めて棚橋さんに会ったのは、面接の席だった。知的な雰囲気に一目惚れし、あれ以来私は彼に夢中なのだ。 でも…… 「私じゃ、ダメなんだろうな」 好きになればなるほど絶望感が増す。 そして私は思い知るのだ。 学くんとの出来事は、私の中にコンプレックスを植え付けた。それも、自覚するよりもずっと深く。 一歩を踏み出したいのに、どうしても動けない。 こんな自分がもどかしくて、私は一人身悶えするのだった。
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