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第一章
午前七時五十分。
本来であれば、もう起床して支度を終えていなければならない時刻である。
家を出発する時間まであと五分だ。佳代は信じがたい気持ちで時計に刻まれた数字を見つめ、正気に戻り飛び起きた。
「やばい、今日会議なのに」
優雅に朝食など取っている時間もなく、身支度をわずか十分で終えた佳代は家を飛び出した。
スカートではなくパンツスタイルのカジュアルスーツを身に付け、いつもはヒールを履いているが、今日はスニーカーを履いた。ヒールは紙袋に入れて手に持っていた。
そして、忘れ物の確認をする暇もなく自宅であるマンションから出て一目散に最寄駅へと走った。
佳代は遠回りであろうと大抵は大通りを歩くようにしていた。
小さい路地が怖いというわけではない。
昔両親から人目につきやすい道を歩くようにと逐一言われていたことによる癖のようなものだった。
しかし今日は呑気に大通りを歩いている余裕などない。佳代は大通りに出る手前にある曲がり角を曲がり、小さな裏道を一直線に走った。
その裏道にはアパートや一軒家が並んでいる。閑静な住宅街だった。
裏道を走って途中まで行くと、何やら甘くて良い匂いが佳代の鼻を刺激した。
匂いがいっぱいになったところに、一軒の小さなパン屋があった。朝食を取っていないため空腹の佳代は思わずパン屋の前で立ち止まってしまった。
全力で走った甲斐があり、多少時間に余裕ができていた佳代はパンを買っていこうかと考えたが、パン屋の中は大盛況で、とてもではないが買える状況ではなかった。
少し落ち込み気味で再び会社へと佳代は足を向けた。少しだけ早めに歩いて最寄駅に到着し、無事にいつもの時間の電車に乗り込むことができた。
満員電車の中で佳代はスマートフォンを取り出し、メモ帳のアプリを開き”近道 パン屋さん”と文字を打った。
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