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真智子に手を振ると、慎一は門を通り、芸大の構内に入っていった。ときどき振り返りながら歩く慎一の後ろ姿を手を振りながらしばらく見守った後、真智子は駅の方へとひとりで歩き始めた。ひとりで歩きながら、真智子は明日からお互いが音大のスケジュールに追われ、またなかなか会えない日々が続くような不安な気持ちに囚われ、一瞬、怖くなった。
―さっきまで一緒にいたのにひとりになった途端、こんな気持ちになるなんて情けないな。でも、慎一から連絡が来て、これからの予定が早くはっきりするといいな―
真智子はそんな風に思いつつ、明日からのアンサンブルの練習に気持ちを向けることで気持ちを切り換えようと懸命になりながら、帰途についた。
一方の慎一は芸大の構内を歩きながら、久しぶりに学内に戻ってこれたことが嬉しく、しかも、昨日はついに真智子の家族を前に挨拶することができて、二重の喜びの中にいた。
そして、真智子は春休みに入って早々慎一から連絡があってからのことを振り返っていた。慎一に会いに奈良まで行ったり、慎一から突然のプロポーズを受けたり、そして、慎一と慎一の父が挨拶に来たり、慎一と一緒に同居することになったりと、慎一とのことで立て続けにいろいろなことが進展し、そのことで頭が一杯で春休みからの練習には今までほとんど参加できなかったが、四月から新学期を順調にスタートさせるためにもそろそろ本格的に練習に参加しないと演奏会の予定が立たなくなって一緒にアンサンブルを組んでいるメンバーにも迷惑をかけてしまう。帰りの電車の中でそんなことを考えながら、真智子は胸の中の焦りの気持ちに一瞬、戸惑った。そして、今まで練習に参加できなかった分を早く取り戻せるよう、家に帰ったら早速ピアノの練習に励もうと気持ちを新たにしていた。
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