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1-1 真智子と慎一の出会い
放課後、いつものように音楽室へと小走りに歩を進める真智子の耳元に囁きかけるような心地よいピアノの旋律が舞い込んできた。
―リストの『愛の夢』―。
ロマン派の甘い陶酔を含んだ柔らかく、烈しい情熱を秘めた旋律は耳元をかすかに撫でながら、真智子を夢の世界へと引き摺り込むようななめらかさと密やかさを含み、胸に迫り込んでくる。真智子の歩調は旋律に合わせてどんどん早くなり、無意識のうちに身体より心が先に音楽室へと駈け込んでいくような不思議な錯覚に包み込まれていた。
放課後の黄昏時の静謐な空気を打ち破るピアノの旋律に心打たれ、何かがはじまるような予感に包まれ、真智子の胸の鼓動はピアノが奏でる美しい旋律と共鳴し、小刻みに波打った。胸の鼓動が俄に高鳴っていくのを感じながら、真智子の思考は真直ぐに一点に絞られていった。
―一体、誰が弾いているのかしら―。
真智子の心の呟きはその柔らかな調べと重なり合って静かなアンサンブルを描きはじめ、何度も何度も繰り返される呪文に囚われていくように真智子は不意に微睡んだ。
―この旋律を奏でるのは一体、誰?
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