1-1 真智子と慎一の出会い

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 やがて、潮が静かに引いていくように曲が終わると、真智子は咄嗟に両手に力を込めて拍手した。青年は真智子の方を見ると一瞬、戸惑いの表情を浮かべ、視線を鍵盤の方へとそらしたが、思い直したように再び真智子を見つめ返した。真智子の柔らかな微笑みが青年の戸惑いを取り除いたのか、青年の顔にもほのかに笑みが浮かんでいる。 「いつからそこにいるの?」 「え?突然、ごめんなさいね。私も放課後はときどきここでピアノを弾かせてもらっているの。ここのグランドピアノの音色は格別でしょ。まるで自分がピアニストにでもなったような気分に浸れるもの。……えっと私は三年C組の高木真智子。音大を受験する予定なの。それで最近になって音楽室のピアノを弾かせてもらっているのよ。あなたは?」 「ああ、君が高木さんだね。先生から君のことは聞いているよ。僕は真部慎一。一週間前ほどに三年A組に転校してきたんだ。僕も音大を目指しているんだ。それで君と同じくここのピアノを貸してもらうことになったんだ」 「あなたが噂の転校生ね。ふふ、かっこいいって評判だけど本当ね」  真智子は握ったままの拳を口元にあてて、いたずらっぽい目で慎一を見つめた。慎一はそんな真智子のしぐさを可愛いなと内心思いながら、照れ臭さで耳元が熱くなっていくのを感じていた。 「高木さんのピアノも聞いてみたいな」 「私は真部さんほど上手くないけど……そうね、ドビュッシーの『アラベスク』なんてどうかしら?」 「えっ……ドビュッシー、いいね。聞かせてよ」 
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