STORY 《Ⅱ》- a la carte

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私の朝はそれなりに早い。 5時すぎには起きて。ゆっくりと体を伸ばしたり、手足を動かして体の機能を起こした後。身支度をして、キッチンへ。 外観が日本家屋のこの家のキッチンはリフォームをしているので、現代的で機能的で広い造りになっている。 効率を重んじる先生によく似ている。よく使うツールは吊り下げ収納。調味料類も出しっぱなし。でも雑多な雰囲気にならないのは、色味を揃えているからだろう。 案外、雑なところのある先生だから、もしかしたら神経質でもセンスが良いカズヤさんの考えかも。 ハーブ類の鉢を置いている小さなキッチン窓から眩しい日差しが届き出す。夜明け。太陽のお目覚めだ。 朝の静かな一時。 少し前の私の生活パターンからは全く想像できなかったけれど。 この時間が好きで大切になっている。 誰の息吹も混ざっていないまっさらで透明な時間。この短い時間の居心地の良さを感じながら、ひとりっきりで朝の支度をするのが、とても好き。 お湯が沸く音。コーヒーがポタポタと落ちる音。食材を洗う水音。廊下を水拭きする音。それらは朝の静寂の中だからこそ、愛しい存在感を醸し出す。 前日に嫌な事があっても、悩みながら眠りに落ちてしまったとしても。 この朝の一時を始めると自然にシャキッとする。 嫌な事も悩みもなくならないし、何も変わっていない。なのに、『クヨクヨ考えていてもしょうがないわよね』と気持ちの切り替えができる。 リビングには大きなホワイトボードが壁にかかっており、先生の一年間のおおまかな仕事のスケジュールと、今月と来月のスケジュール詳細、先生とカズヤさんと私の予定が書き込めるようになっている。 先生の弟子になってから、約半年が経った。 私の名前はタナカユーキ。その日暮らしにも似た短期派遣バイトの日々から、字幕翻訳家の卵として、日々勉強漬けの毎日を送っている。
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