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聞こえるのは、おじいちゃん店主の小さないびきの音、そして、ストーブの上のやかんの水が沸騰する音、そして、恋に落ちる音のない音がした。いや、これが恋かなんてわからない。こんな気持ち、生まれて初めてだ。何を言ってるんだあたしは。
「あ、え、いや、その、じゅ、じゅじゅじゅじゅ純文学に、興味があらせられるのかなーなんて」
沸騰したやかんより熱くなりながら、私はなんとか声を絞り出した。
今体温計があれば、きっと1000度は超えているだろう。
女子高生は長い髪を耳にかけてから、さきほどの本を見た。
「あ、いえ。好きですけど、なんとなく手に取っただけです。純文学、お好きなんですか?」
「え、あの。えと」
私はこんな気持ちになるのは生まれて初めてだった。
というより、人を好きになるのが生まれて初めてだった。
そもそも、ひとめぼれなんてしたことないし、男性と付き合ったことすらない。
いや、そもそも人間と付き合ったことないし、この世に恋とか恋愛とか、他にも恋とか恋愛とか、その恋とか恋愛とかがあるなんて考えたことも見たことも聞いたこともない。
だから、自分の今のどきどきが何なのか、わからない。
26にもなってなんて恥ずかしい、なんて情けないんだ。
私は止まる心臓になんとか心の中でAEDを当てながら、声を出した。
「その、純文学も、す、好きなんですけど、そ、その、」
なんだお前は、純文学なんて知らずに、純さんが作った文学ですか? とか聞くレベルのくせして、何好きとか言ってるんだ。うそをつくんじゃない。うそを。本当のことを言うんだ!
「そ、その、でも、あの、あなたの方が好きです!!!」
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