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ひとしきり彼女が笑ったあと、私たちはある程度、会話ができるようになっていた。
「あ、あの、私、この古本屋が好きで、よく通っているんです」
と、私。
「あ、そうなんですか。私も雰囲気が好きで、学校帰りに寄るんです」
「へぇー。奇遇ですね、私も好きです」
「あ、はい。それは聞きました」
また笑いが生まれる。
古本屋の中で、立ち話をする彼女と私。
聞こえるのは、おじいちゃん店主の小さないびきと、ストーブの上のやかんのお湯が沸騰してシュンシュン言う音だけだ。
「どんなジャンルの本がお好きなんですか?」
彼女は美しい黒髪を耳にかけながら、そう聞いた。
「あ、私はSFとか、そういうのが好きです」
「そうなんですか。私、最近、アンドロイドは電気羊の夢を見るか? という本を読んでいるんです」
それなら、私も知っている。
「あ、ブレードランナーの原作ですね」
「そうですそうです。とにかく壁が薄いんです」
と、彼女は笑った。そこを言うのかと可笑しくなった。
「ふふふ。そこに注目されるんですか?」
話したのはほんの5分ほどだったろうか。でも、彼女のことを知ることができた。
短くても、私にとっては本当に楽しい時間だった。
学校帰りに、ここに寄っていること。純文学だけじゃなくて、SFも好きなこと。
朗読が好きでインターネットか何かで朗読をしていること。
好きな漫画、好きな教科、いろいろ、聞くことができた。
もちろん、私もいろいろなことを彼女に話した。
建設機械の営業とサポートを行なっていること。
仕事がきつくてしんどいこと。
最近の仕事内容。
あとからよく考えれば、仕事の話ばっかりだったな。
次回、もし会えたら、彼女が楽しくなるような話にしよう。
そう、私は決意した。
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