第一部 第四章 使者

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 小太郎と下がろうとしたお楽を重経は呼び止めた。 「何でございましょうか」 「殿の養女になった春姫のことだが」 「春姫様が如何なされました」 「春姫は、十四年前にそなたが生んだ長高の子だ」  驚きに、お楽の目が大きく見開かれる。 「……あの子は死んだと、あの時、そうおっしゃったではありませぬか」 「死んだと偽ったことは謝る。されど、これは致し方なかったことだ」  重経が説明するうちに、お楽の顔が険しくなっていく。 「お楽?」  目を見開き、うつむきがちの彼女に重経は半ば気遣わしげに声を掛ける。 「……生きて、おりましたか」  感情の籠もらぬ声で、お楽は言う。重経には、お楽がどう思っているのかわからなかった。 「会ってみるか」 「……今更、会って何になりましょうか。それに、あの子はわたくしが実の母と知っているのですか」 「いや、言うておらぬ」 「ならば、詮無きこと」 「会わなくて、良いのか」 「はい……」 「そうか。なら話は終わりだ。下がってよい」  未だに、お楽が何を考えているのか、重経には理解できないところがある。 「冷たい、女だ」  重経は思わず呟く。何度交わっても、何度言葉を交わしても、見えぬ壁が重経を拒むようで、二人の間の溝は深くなるばかりである。  しかし、嫡子である小太郎を生んでいるため、彼女を無下にするわけにもいかない。もし子がいなければ、今頃彼女を遠ざけていたことだろう。 「春姫を風宮へ行かせようか……」  思考を切り替え、重経は策を講じるのであった。  自室に戻ったお楽は一人きりになると、ぼんやりと空を見上げた。梅雨の時期には珍しく、晴天が広がっている。その空を、お楽は生気の失せたような目で見ていた。  つうっと、一筋の雫が頬を伝った。そのとき、僅かにお楽の口が動いたが、何かを呟いたのかはわからなかった。 「母上」  はっとして声のする方を見ると、小太郎が心配そうに此方を見ている。 「どうなさったのですか」 「何でもないの」  お楽は笑顔を作ると、小太郎を抱き寄せた。さっきまでの顔と打って変わった、穏やかな優しい母親の顔であった。
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