45人が本棚に入れています
本棚に追加
次の日、お春は書庫へ向かった。既に、基高は書物片手に、中で待っていた。お春の気配に気付き、いつになく険しい顔を彼女に向けた。
「聞きましたよ。明日、風宮へ出立するそうですね」
「はい」
「重経にはお気を付けくだされ。あの者は、根っからの策略家だ。何を考えているのか、分かったものではない」
「重経様に……」
「誠に、このままでよろしいのですか」
「えっ?」
昨日のやり取りを思い出し、お春は目を伏せる。
「このまま重経に利用され続け、何度も命の危険にさらされる。それでも良いのですか」
「分かりませぬ」
「は?」
「今後我が身がどうなるか、風宮で死ぬるか否か、わたくしには分かりませぬ。女子として生きず、男子として生きるも宿命。その末に朽ちるも、また宿命」
基高は言葉も出せず、お春を見ることしかできなかった。
「何故、基高様はかようなことをお聞きなさるのですか」
「何故、でしょうな……」
基高は、お春から目を逸らして答える。この季節には似合わぬ寒風が、二人の間を通り抜けた。
「いつか、その宿命に抗ってみては?」
「……」
「道中、お気を付けて」
お春とは目を合わすことなく、基高は書庫を出て行った。静寂のなか、お春だけが取り残された。
最初のコメントを投稿しよう!