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あらかた支度を終え、お春は空を見上げた。今宵の月は雲に隠れているが、時折その姿を少しだけ覗かせていた。
「春姫様。誠に行くおつもりですか」
声を掛けられ、お春は振り返って仲松に顔を向ける。
「もう決まったことです」
仲松は不安げな表情を隠せず、うつむきがちに言う。
「春姫様。わたくしにお供させてくださいませ。亡きお方様に、姫様方をお守りするよう仰せつかりました。ゆえに……」
「ならば尚更、仲松にはここにいてもらはねばなりませぬ」
「何故に」
半ば身を乗り出して訴えるが、お春は静かにその目を見詰めた。
「私に女としての教養がないことは、貴女がよく知っていることでしょう。私はもう、こうして生きるしかないのです」
「春姫様……」
「私のことは心配せずともよい。だから、姉上を頼みます」
「姫様、お手をお上げくださいませ」
深々と頭を下げたお春に仲松は慌てて言う。
「これではどちらが姉か、分かりませんね」
一部始終を聞いていたのであろう、お浦が襖の影から姿を現す。
「お春。何があっても、必ず生きて帰ってきて」
お春の手を握りお春に訴えるように言う。真剣な姉の目を見たお春は口角を上げた。
「姉上、泣いているのですか」
「なっ……。人が心配しているというに」
少し怒ったような顔で言うが、すぐに吹き出して、お春とは笑い転げた。
いつもであれば、大口開けて笑うなどはしたない、と仲松は言うだろうが、今日ばかりは大目にみてくれた。
「明日は、晴れましょうか」
相変わらず、姿を見せない月を見上げながら、仲松は言った。
「晴れますとも」
姉妹の言葉通り翌日は晴れ、心地良い風が吹いていて、旅をするには良い日和であろう。
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