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「仲松様。一つだけお願いが」
仲松の方を振り向かずに、お楽が静寂を破った。何事かと、仲松と侍女はお楽を見る。
「あの子のこと……いえ、何でもありません」
一瞬、何か言いたげな顔を仲松に向けるが、すぐ元の生気のない顔に戻ってしまった。そのまま、彼女は背を向けた。
「お待ちください」
慌てて呼び止めるが、聞こえているのか否か、お楽は無視して歩いていってしまう。侍女はその後を追おうとするが立ち止まり、仲松に向き直る。
「あの、仲松様」
「何です」
「訳は存じませぬが、お方様は時々、寂しそうな、悲しそうな顔をなさるのです」
「あの方が?」
「はい。周りに誰もいないときに、空を見上げて。この前なんて、泣いておられました」
今の彼女を思えば、不可思議な行動であろう。仲松は考えを巡らすが、彼女が何に対して涙を流すのか見当もつかない。
「何かの拍子に、そのような行動をとるのでしょうか」
「さぁ、わたくしには何とも。何度も見たわけではありませぬゆえ」
「そう……」
「それから……小太郎様の前では、人らしいと言うか、感情豊かになるというか。まるで別人のようで……。仲松様なら、何か知っていらっしゃるかと思い、お伝えしたのですが……」
「私には分かりかねます」
申し訳なさそうに仲松は答える。
「そうですか……」
侍女は仲松に別れを告げ、女主人の後を追いかけた。
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