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七月十八日
今日もこの街は、肌を刺すような夏の日差しに覆われていた。
額に滲む汗を拭う会社員や、下敷きをうちわ代わりにしている学生。 はたまた暑さを感じていないように、無表情を貫いている僕。
僕はこの暑さが今日で最期だと思っているから、むしろシワのない夏服のシャツを脱いで、直に感じたいくらいだった。
『──間もなく、五番線に列車が参ります』
無感情のロボットみたいな声で電車が定刻通りに訪れるアナウンスがなされた。
続けて『黄色い線の内側にお下がりください』とアナウンスされるも、言うことを聞く人はほとんどいなかった。 僕もそうだった。
多分、他の人は日常に溶け込む雑音としか捉えていないのだろう。
排ガスを吐き出す自動車の走行音とか、求愛している蝉の鳴き声とか、室外機の騒音とか、自動販売機の唸る音とか、そういったありふれた音の一種としか脳は認識していないのだ。
だけど、僕の場合は違う。
パズルのピースみたいに欠けた点字ブロックの上に学生鞄を置く。 金のない財布と同じくらい軽いから、自立せずに僕の足元へ寄りかかって倒れる。 それを足で退かしてから、僕は堂々と線の外側に立つ。 仁王立ちしてやった。 心地が良い。
僕に対して注意してくる人は誰もいない。 いや、注意されなくてもいい。 するな。
「──はぁ、疲れた」
すると僕の隣、同じく線の外側に立っていた一人の女学生(服装的に別の高校)が、学生鞄を置いて生気を吐き出すように呟いた。 酷く低い声だった。
僕と比べれば何が疲れるものか、と声主を見やる。 すると、僕の目は釘付けとなった。
肩で揃えた烏の濡れ羽色した髪が真っ先に視界に入る。 そして、髪が風に吹かれて露わになる横顔は、朝露を含んだ朝顔のように麗しかった。
彼女を、正面から見ればどれだけ美しいか──
「ねぇ、私のこと見てなに思ってたの」
「────ぁ」
思わず言葉を詰まらせた。
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