七月十九日

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「あ、また私のこと見たでしょ」 「貴方さんも僕のこと珍しそうに見たじゃないか。 おあいこだよ」 「バレちゃったか」 小さく舌を出し、あざとく笑ってみせた彼女は、次に僕の足元を指差した。 そこにはコンビニ袋で包んだ今日の主役がいる。 従って、答えはすぐに出ていた。 「それ、花火?」 「そうだよ。 準備は完了してる」 「さすが。 できる男は違うねえ」 すぐに着火できる状態にしたまでであるから、胸を張るようなことではない。 「円滑に事を進めるためだよ。 できる男ではない」 「ほうほう。 あ、私の鞄の中に入れよっか?」 「大丈夫。 僕が持ってくよ」 「オッケイ。 で、ライターは持ってきたの」 しまった、と心の中で呟く。 僕の表情に動揺が現れていたらしく、貴方さんは先ほどの発言を撤回するように首を振った。 「一応ライター持ってきておいて良かったよ」 「……さすが、できる女は違うね」 「どういたしまして」 彼女は鞄の側ポケットから電子式ライターを取り出して、念のため火を付けていた。 ポッと小さな火が灯り、「大丈夫だね」とまた戻す。 常日頃から貴方さんがライターを所持しているとは思えず、訊いた。 「お父さん、煙草吸うの?」 「ん、吸うよ。 お酒も飲むし」 「絵に描いたような感じだね」 「そうかな? 芦田くん家もそうじゃないの」 「かもしれないね」 クエスチョンマークを頭上に出す貴方さんに構わず、話を変える。 「昨日、廃校は下見したわけだけどさ、今の時間帯は誰もいないよね」 「えー、それを配慮した時間にしたんだけどな。 いるとしたら誰かな」 「ホームレスとか?」 「幽霊って答え期待してたのに」 貴方さんはむっと膨らませた?の空気を抜き、「たしかにいないとは言い切れない」と不安を口にした。 「もしそうだったら、どうする」 「逃げよう。 それが一番周りの迷惑にならない」 「逃走劇だね。 私、楽しみ」 「その前に補導されないか心配だけどね」 「ほんとだ! と言うか、駅員さんがいたら今頃捕まってたね」 「ラッキーだね」 まさかこの駅の欠点を褒め称える日が来るとは。
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