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「……これは」
黒い鞄の中に、まるで一縷の光のように白い封筒が入っていた。
他には何も見当たらない。 ただ一枚の封筒が入れられているだけ。
「それ、私の遺書」
「……遺書」
「驚いた?」
「少しは。 僕に見せてどうしろと」
「意外だなあ。 普通なら「死ぬのは駄目」とか言うじゃん」
「君は、死ぬつもりなのか」
遺書を手に取らないまま鞄を返す。
少女はきょとんとして「そのつもりだよ」と言った。
「だから、君に迷惑をかけないためにも、線の内側に下がっててほしいの。 血と肉を頭から被るなんて嫌でしょ?」
艶やかに微笑んだ少女に、僕は同じように鞄を渡した。
同じ人間を、見つけたからだ。
心を開けると思ったからだ。
「どうしたの?」
「中身、見なよ」
「……私、中身当てよっか」
「どうせ分かってるんだろ」
「バレちゃったか」
言いながら、少女は僕の鞄から茶色い封筒を取り出した。
「退職届みたいだね」
「人生に退職するんだよ」
「面白い言い方だね」
「とりあえず隠してくれる? あんまり見られたくないから」
周りを見渡してみるけど、各々自分のことに夢中で、僕たちの『現世から乖離した話』なんか誰も聞いてはいない。
故に目を気にする必要は無いが、なんだろう、この世を去る宣言(内し謝罪)を空気に晒すと腐ってしまう気がした。 だから鞄に入れていたのだ。 彼女も同じ思考でいたのかもしれない。
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